古地図散歩 小菅から千住そして生コロッケ

粗方半世紀も前の出来事だもの記憶はございません、行った事だけは覚えているね常磐線沿いに綾瀬駅は子供の
足でも30分はかからない、綾瀬川(伊藤谷橋)を渡ればソコは小菅拘置所(現東京拘置所)赤レンガというより
記憶にあるのは周囲に張り巡らていた高い塀だけ塀の中には知り合いがいるわけじゃございません、千住新橋を渡り
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駅を見れば発作的にビルを建てた(三遊亭円丈 談)そうマルイはどこですか駅のそばそば屋はどこですか駅のそば
    てお前は立ち食い屋か、駅を見れば用をしたくなり小腹が空いていれば駅ソバを食いたくなる今日この頃
そんなツッコミはどうでもいいやね、ロゴは〇1〇1 念のためオイオイじゃございません それが今じゃ千住だけに
〇1〇1をひっくり返してシアタ-1010(センジュ)小松政夫VSコロッケ爆笑昭和のヒ-ロ-ズ!開演までの道草なの
                             監獄内にある三角点4.0m 現地形図0.0mもきになる物件
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小菅監獄内に三ヶ所のレンガ工場  正面入口に残る赤レンガ煉瓦の積み方  小菅煉瓦製造所
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明治の地図に荒川放水路が描かれていないのは昭和40(1965)年には、従来の荒川本流のうち岩淵水門から海
までを「隅田川」、放水路を「荒川」と呼ぶよう変更されました。中学生の頃こんな話があったな 荒川放水道100年
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                                             無邪気に遊ぶ子供たちに癒される
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千住新橋を渡れば宿場町(千住) 江戸切絵図にある名倉医院は骨つぎの代名詞チェ-ン店見たいね各地にあるね
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                                             開演時間まで、にもうひと歩き
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宿場通りファミマを右に下りてヤナカコ-ヒ-生豆のその場で焙煎する 隣はス-パ-には置いていない野菜が
出ている八百屋 ミョウガタケ(茗荷の親)をお買い上げ 子供だったら今頃3本で200円はするねそれが10倍ぐらい
                                      でたったの150円 薬味によし酢漬けでもよし 
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乳母車のママが2人 ロ-ラ-ボ-ドの女の子が来る 絵になりそうだ振り向きざまに狙って撮るまさにショットだね
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                乳母車 阿久 悠さんの詞だったのね  今じゃベビ-カ-これじゃ歌にならないね

コロッケの毒のある早送りモノマネに締めは小松政夫さんと言えば電線音頭とコロッケ(北島三郎)祭りとのコラボ
に大笑い、駅から離れた飲み屋に佇む男が1人夜干に自転車が数台出来すぎたシチエ-ション一人なら待ったが
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連れがいるから寒い中待たせられない次善手の駅ビル三崎港(寿司)で一杯やってお帰り 1月18日歩く

by takigoyama | 2012-01-19 14:06 | 覚え書き | Trackback | Comments(0)

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