お気持ちは理解します:天目山

c0008948_1538419.jpg

秩父山岳連盟としては陸地測量部の天目山に戻せと言ってます。しかしこの陸側図天目山事体がなんだかなと感じています。その後小暮君の研究を聞くと「如何に調べてみても陸地測量部が
天目山といふ名をくっつけた理由が判らぬ・・・日原では酉谷の奥だから酉谷山と言っている。
その後端氏から大日向付近の古老にな就き調査せる所同地方では天目山なる名称を唱ふる
ものはなく、地図上の天目山に富るものは、クロトッケンと呼び、北部の小さな突起を小丸または
大黒と呼ぶ」 田島勝太郎:山行記T15年宮内敏雄:奥多摩は酉谷ノ峰 秩父側の人が書いた
c0008948_17444266.jpg

紀行文を読んでみたものだ、今更流通している酉谷山を下げて天目山に代えるのは難しい
埼玉側は天目山 奥多摩は酉谷山と併記がよろしいようであっちとこっちでは呼び名は違います。
同会長は天目山を基点に東側に延びる尾根を古くから天目背稜と呼んで地元の人や
登山者は親しんできた。初耳です。

指導標に天目山まで三時間と記してある小セドの頭 ハイキング46(昭和11年4月)
長沢山、東谷の頭直下にも天目山を示す指導標あり、即ち地図の天目山を黒ドッケ大黒・と称する
                                          5月20日 追記
はじめての日原入りのとき(昭和24年)小川谷林道の分岐でふと指導標を見て驚いた天目山へ
至る、とある次いで仙元越えの時、一杯水分岐で指導標を見るとここにも天目山へ至る、とある
ではないか、なんだどっちからでもでも行けるんだ・・・わたしは思わず興奮した。
               回想の秩父多摩 河野寿夫著1999年   5月21日追記

by takigoyama | 2009-05-19 15:38 | 覚え書き | Trackback | Comments(2)

トラックバックURL : https://takigoyama.exblog.jp/tb/11570976
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by カセージン at 2009-05-20 17:04 x
「春の仙元峠超え」 河田槙 大正十四年三月の紀行文に

”日原で通用する天目山というのは、地図上の天目山(1718メートル)から1576メートルのミツドッケあたり一帯の山背を指す漠然とした呼称であるらしく・・・云々”

という一文を見出すことができます
Commented by takigoyama at 2009-05-20 19:48 x
静かなる山の旅にありましたね、山の写真集00年12.9タワ尾根
に長沢背稜を消して「天目尾根」と訂正してある。色々あるな
埼玉から酉谷山は遠い榊山を越えて東日原に下った事もありました。