私は泣いています

オイオイおまえは「リリィ-か」暖かい励ましありがとうございます。ギャグも
年代が違うと落ちないからな、いっだか「、今日の仕事は辛かった」後は焼酎
を呷るだけと、書き込んだら思い切りスカサレタたことがあった 長くなりますが

「やっとまとまりました読んでください」過労のためか青い顔をした彼はいった。
原稿は真鍋健一の努力で四五○頁の大冊になって十九年六月に刊行された
しかし宮内は自著『奥多摩』が出る頃は、中国大陸で英霊となっていた。

その本の内容が良いだけに、私はこの青年の死を悲しく思う。原稿を
背負ってきた日の、思いつめたようの青い顔が、いまも思いだされて
        心がうずく  「山村滞在」   岩科小一郎著

「宮内本」「奥多摩のバイブル」等と呼んで愛読している。平和の時代に
                 山歩きをできることに感謝したい
                   
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by takigoyama | 2005-01-14 19:36 | | Trackback | Comments(2)

Commented by at 2005-01-14 19:57 x
宮内本は、山ゆかば草むす屍の時代に、そして田島本は関東大震災後の復興の激務による過労「精神衰弱」の快癒のための山として、それぞれ奥多摩の山々に求める何かしらの強いモーメントがあったのですね。

Commented by takigoyama at 2005-01-15 11:08
戦前では岩根本「奥多摩渓谷」 真鍋本「日原を繞る山と谷」戦後は
山と渓谷社の「登山地図帳」新しいところではかもがわ出版「奥多摩
一周トレ-ル」これで八丁山に登りました。東京新聞出版局の
「奥多摩の尾根と沢」 一度 OMCの古い会報を読んでみたい